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大阪高等裁判所 昭和36年(ネ)130号 判決 1961年12月07日

(第一三〇号事件)控訴人・(第一六七号事件)被控訴人 原告 国 代表者法務大臣 植木庚子郎

指定代理人 山田二郎 外二名

(第一三〇号事件)被控訴人・(第一六七号事件)控訴人 被告 加藤泰賢

訴訟代理人 池田留吉

主文

原判決中第一審原告の敗訴部分を取消す。

第一審被告の反訴請求を棄却する。

第一審被告の控訴を棄却する。

訴訟費用は第一、二審共全部第一審被告の負担とする。

事実

第一審原告代理人は、昭和三六年(ネ)第一三〇号事件について主文第一、二項及第四項と同旨の判決を、昭和三六年(ネ)第一六七号事件について主文第三項と同旨の判決を求め、第一審被告代理人は昭和三六年(ネ)第一三〇号事件について、控訴棄却の判決を求め、昭和三六年(ネ)第一六七号事件について、「原判決主文第一項及第四項を取消す。第一審原告の本訴請求を棄却する。原判決主文第二項、第三項を左のとおり変更する。第一審原告は第一審被告に対して、金百一万円及昭和三十四年一月十四日以降完済に至るまで、年五分の割合による金員を支払はねばならぬ。訴訟費用は第一、二審共第一審原告の負担とする。」旨の判決を求めた。

当事者双方の主張竝に証拠の提出、援用、認否は、左に記載する外は、原判決事実摘示のとおりであるからここにこれを引用する。

第一審原告の主張。

「仮に本件不動産の所有権移転登記がなされたことについて、登記官吏に何等かの過失があつたとしても、第一審原告が右登記手続に関して支出した費用金一万円の内、登録税金六千六百五十五円を除く金三千三百四十五円の損害なるものは、登記官吏の右過失と何等因果関係のないものである。蓋し、右金三千三百四十五円の使途は明確に主張せられていないけれども、もしもそれが司法書士に支払はれた登記申請手続の手数料を意味するものであるならば、右手数料は、登記申請の受理に先立つてなされた登記申請書類の作成竝にその登記官吏への提出等の行為に対して支払はれたものであるから、右登記申請の受理に関する登記官吏の過失と因果関係がないことは明かである。またそもそも登記申請書類の作成は専門的な特殊知識を要するものではなく、また右書類の作成乃至登記官吏への提出について司法書士代理強制主義がとられているのでもないから、右司法書士に対する手数料或は出張旅費の支出が、前記登記官吏の過失と相当因果関係にある損害とすることはとうていできない。次に第一審被告は、本件の応訴のために弁護士に支払つた着手金等を損害として主張しているけれども、弁護士費用を損害として請求し得るのは、不法な訴訟に応訴するために弁護士に支払はれた費用に限るものというべきところ、本件の本訴が正当なものであることは、既に第一審判決によつて明かにされているところであつて、結局第一審被告は理由のない応訴のために無駄な費用を支出したに止まり、これを以て登記官吏の過失と相当因果関係にある損害ということはできない。」

第一審被告代理人の主張。

「第一審被告が支出した登記費用中、金六千六百五十五円が登録税額であり、その余は司法書士に支払つた費用であることはこれを認める。」

理由

先ず第一審原告の本訴請求について、当裁判所の認定竝に判断は原判決理由のとおりであるから、ここにこれを引用する。

次に第一審被告の反訴請求について判断するに、本件土地は、国が自作農創設特別措置法の規定に基いて買収した上これを青木市次に売渡したいわゆる売渡未墾地であること、第一審被告が右土地の所有権を取得するについて、農地法第七三条第一項に規定する農林大臣の許可を受けなかつたこと、従つて大津地方法務局登記官吏は右農林大臣の許可を証する書面の添付なくしてなされた青木市次から第一審被告への所有権移転登記の申請はこれを却下すべきであるにかかわらず、これを受理し、よつて右所有権移転登記がなされたこと、右所有権移転登記手続申請のために、第一審被告が司法書士に対する手数料等の費用として金三千三百四十五円を支出し、また登録税印紙費用として金六千六百五十五円を支出したことは当事者間に争がない。

第一審被告は、登記官吏がかかる登記申請を受理したことはその過失によるものであるから、第一審被告は国家賠償法によつて、第一審被告がこうむつた損害を賠償すべき義務があると主張し、先ず第一審被告が訴外株式会社主枝商店に売渡した電気洗濯機五十五台の代金合計九十九万円の回収不能による損害を挙げるけれども、この点に関する当裁判所の認定竝に判断は、原判決理由のとおりであるからここにこれを引用する。

次に第一審被告が司法書士費用として支払つたことを自認する金三千三百四十五円は、第一審被告が、本件登記申請の受理に先だつて登記申請書類の作成、提出等を司法書士に委嘱した関係から、その手数料等として支払はれたものであつて、登記官吏がなした登記申請の受理と何等の因果関係があるものでないことは、本件弁論の全趣旨に照らして明かであるから、この点に関する第一審被告の主張はそれ自体失当である。

次に第一審被告は、登録税金六千六百五十五円を支払つたことにより、同額の損害を受けた旨を主張するからこの点について考えるに、農地法第七三条第一項の規定に違反し、農林大臣の許可を受けずして土地の所有権を移転することは、三年以下の懲役または十万円以下の罰金に処せらるべき犯罪行為であることは、農地法第九二条により明かであるところ、右の法条が犯罪行為として禁止するところのものは、土地の引渡または所有権移転登記の申請など、いやしくも土地所有権の移転を実効あらしめる行為を指称するものと解すべきであるから、農林大臣の許可を受けることなくしてなされた本件土地の所有権移転登記申請は、正に農地法第九二条に該当する犯罪行為であるといはねばならぬし、仮に農地法第九二条は、土地所有権移転の意思表示自体を犯罪の構成要件とするものと考えても、右の目的を達成するために所有権移転登記を申請することは、少くとも強行法規に違反する反社会的行為として非難さるべきものであることを免かれない。

ところで不法原因のために給付をした者は、その給付をしたものの返還を請求し得ないことは、民法第七〇八条の明定するところであつて、民法がかかる法条を設けた法意は、不法原因給付はすべてこれを給付した者の損失に帰せしめ、他の如何なる方法によるも、給付者が右の損失を回復し得るような請求をなすことはこれを許さないものと解すべきであるから、第一審被告が所有権移転登記申請のために支出した金六千六百五十五円は、第一審被告自らの損失としてこれを負担すべく、相手方たる登記官吏の不法行為を原因として、国家賠償法による請求をなすこともまた許さるべき限りでないとしなければならぬから、この点に関する第一審被告の主張は、その余の争点について判断するまでもなく失当であるとしなければならぬ。

次に第一審被告は、本件応訴のために支出した弁護士費用金一万円の損害賠償を主張するけれども、第一審原告の本訴請求は理由があり、且つ第一審被告の反訴請求は失当のものであることが上来判示したとおりである以上は、第一審被告がなした本件応訴はすべて無益の応訴に帰するのであるから、第一審被告が右応訴のために支出した費用はすべて無駄な費用として、自らこれを負担する外はないのであつて、第一審被告の右主張も失当である。

よつて第一審原告の本訴請求を認容した原判決は正当であるから、第一審被告の控訴はこれを棄却すべく、また第一審被告の反訴請求の中、電気洗濯機の代金九十九万円に関する損害賠償の部分だけを棄却し、その余の部分を認容すべきものとした原判決は、右反訴請求認容の限度において失当であつて、第一審原告の控訴は理由があるから、原判決中第一審原告敗訴の部分はこれを取消し、第一審被告の反訴請求を棄却すべく、民訴法第三八四条、第三八六条、第九六条、第九五条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 田中正雄 裁判官 河野春吉 裁判官 本井巽)

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